カモミールnetマガジン

2015年3月号

◆ 目次 ◆ ———————————————————————-

(1) 所長だより
(2) 子どもから学ぶこと
(3) ちょっと振り返り

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◇ 所長だより ◇

VTR中断法と再生刺激法による授業研究
教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 今回も、授業研究法を紹介します。
 授業改善のための授業研究では、ビデオを活用することがとても有効です。ここでは、「授業における教師の意思決定研究」と「授業における子どもの内面過程(認知・情意過程)を把握する研究」で用いたビデオ活用法を紹介します。それが、VTR中断法と再生刺激法を活用した授業研究です(吉崎1991、吉崎1997参照)。

①VTR中断法
若手教員の授業を対象とした校内での授業研究会で「VTR中断法」を活用したならば、授業者ばかりでなく他の教員(同僚教員)にとっても自らの意思決定や教授行動(手だて)の特徴を再考するよい機会となります。

VTR中断法は、録画された授業(他の教員が実践したもの)のポイント場面でVTRをいったん停止させて、「もしあなたがこの授業者であったら、次にどのような教授行動(手だて)をとるつもりですか」というように、視聴者(同僚教員あるいは学外の教員)に教授行動の意思決定を求める方法です。

 そして、これらの経験は、参加している教員(特に、若手教員)の教授知識を豊かなものにさせることにつながります。というのは、他の教員(同僚の中堅・ベテラン教員)の意思決定の内容とその理由を知ることによって、教材内容とのかかわりの中で手だて(教授方法)の多様性と適切さを学ぶことができるからです。
 また、「そのような授業場面において、どのような教授行動が他に考えられるか(代替策の可能性の探索)」を、授業者(若手教員)といっしょに校内の教員全員で模索することは、若手教員がもっている発達課題の解決に道を開くことになります。例えば、授業に集中できない子どもがいた場合に、「どのような注意をその子どもにあたえるのか」「注意をあたえる代わりに、その子どもにある課題を提示するのか」「話を聞くときの姿勢や態度を確認するのか」など、いくつかの手だてが考えられます。そのような授業場面で、同僚教員がどのような授業ルーチンを子どもとの間に確立しているのかを若手教員が知ることは、とても有意義なことです。

②再生刺激法

再生刺激法は、授業中の子どもの学習活動を中断させることなく、授業における子どもの内面過程(認知・情意過程)を把握する方法として開発されたものです。その方法と手順は、①授業のビデオ録画、②ポイントとなる授業場面の選択、③質問紙による子どもの自己報告(授業終了後、ビデオ録画された授業を子どもに視聴させながら、ポイントとなる授業場面でビデオを一時停止し、授業中に「考えていたこと」や「感じていたこと」を質問紙によって自己報告させます)、④自己報告の分析の4つの過程からなります。

このような方法によって把握された子ども一人一人の内面過程についての結果を教師にフィードバックします。そうすることによって、「子どもの自己評価」と「教員による子ども評価」とのズレを教員に意識化させることができます。つまり、「どのような授業場面でズレが大きいのか」「どの子どもに対するズレが大きいのか」「なぜそのようなズレが生じたのか」などについて、教員に省察させることができます。そして、それらの一連の思考過程を通して、教員は「教材内容に関連した子どもについての知識」を形成していくことが期待できるのです。このことは、「子どもについての読み」という教員がもっている発達課題を解決することにつながるのです。

(文献)
吉崎静夫(1991)『教師の意思決定と授業研究』ぎょうせい
吉崎静夫(1997)『デザイナーとしての教師、アクターとしての教師』金子書房

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◇ 子どもから学ぶこと ◇

教職教育開発センター客員研究員 木村俊彦

 初任から25歳まで、私は教員という立場に(あぐら)をかいていました。(天狗)になっていました。「授業中こんなに分かりやすく説明しているのに、テストの点数が上がらない。理解力のない子ども達だ!」と全てを彼らに責任転嫁していたのです。

 そんな折り算数の校内授業研究の協議会があり、子ども達の感想文が回ってきました。「国語ではない算数の授業になぜ感想なんかを書かせるのだろう?」と思ったのですが、そこに書かれた彼らの心境はそれまで経験したこともないような驚きでした。そして、それは自分の教育観を180°変えなければならない出来事だったのです。早速、翌日子ども達に白紙のB4用紙を渡し、算数の新しい単元の導入に予定していた課題の解決方法を自由に書いてもらいました。その夜、自宅でゆっくり一枚一枚を読んでみました。この世のものとは思えない内容に「宇宙人だ!」と叫んでいる自分がいました。いくら上手に日本語で説明をしても通じない世界を感じました。(こんなところで悩んでいる)(こんな発想をしている)子ども群達(あまりにも多くの子ども達の数だったものですから、群を付けてしまいました)は、私の能力・発想を遙かに超えたどうしようもないところにいました。よって、次の日から私は今までの授業スタイルの放棄と宇宙人になる決意をしました。25歳の自分が校内の先輩諸氏より数段分かりやすい説明ができているという自負は、全く役にたたない世界でした。普段の日常生活での会話は成り立っても、教育の世界にある学習を一方的に詰め込もうとする私の説明は宇宙で生活する子ども達には通じない自分の言葉だったのです。ですから、私が日本人を捨て、宇宙人になるしか方法が残っていませんでした。

 宇宙人の発想・やりとりを聞き、時折日本語で茶々を入れさせてもらったり質問をさせてもらったりする日々が続きました。なんとすがすがしく、ハッピーな気分を味わわせてもらったことでしょうか・・・・・その時までの2年間、無理矢理日本国土でやらせていた一方的な学習の無意味だったことを痛感させてもらいました。さらに、宇宙の世界における子どもの能力の高さに驚かされました。

 (鳶は鷹を産まない)ということわざがありますが、わたしは鷹ではなく鳶だったのです。子ども達は鳶ではなく鷹だったのです。25歳までの私が鳶だったことを認識せずに鷹を演じていた愚かな天狗だったことを子どもから気付かせてもらった次第です。教員と子どもは上下関係なのではなく、子どもに内在している鷹の能力を引き出していく役目を我々教職員が担っているということなのです。こんな思いがあって、「子どもから学ぶ」という表題で一年間書かせていただきました。

 最終号にあたり、12回の機会を与えていただいたこと・一年間つまらない文章にお付き合いをいただいたことに心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

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◇ ちょっと振り返り ◇

振り返れば、キュレーション。
家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

 キュレーション(curation)は、IT用語として「人手で情報やコンテンツを収集・整理し、それによって新たな価値や意味を付与して共有すること」の意味でよく使われます。一般に、美術館などで企画展を組む「キュレーター」(curator)は、「学芸員」のことで、企画展において、特定のテーマに沿って作品を収集し、それぞれの作品を特定の文脈の中に位置付け、観客に紹介する、といった役割を担っています。

 自分のこれまでを振り返ってみると、やってきたことは、まさにキュレーションであるな、と改めて感じます。教員として、指導主事として、校長としてやってきたこと。そして今、大学教員としてやっていることも含めて。教育課題に関わる様々な情報を自分の手で収集、整理、要約、公開し、生徒・保護者・教職員等と共有を図る。「ああ、私は、キュレーターだったか。」と自分を振り返ります。キュレーターというたった一語で、複雑で膨大な業務を行ってきたこれまでの自分を、ひっくるめて表すことに違和感はありません。それどころか、これからは、もっとキュレーションということを追求してみようとさえ思います。さらに、これからの子どもたちに必要な能力の一つに、このキュレーションがある、と強く思います。

 「キュレーション能力の育成」。学校教育の大きなテーマになり得ます。一人一人の子どもが、様々な教科や領域においてキュレーターになる。総合的な学習の時間や社会科ばかりでなく、国語や数学、英語でも、家庭科でも。大きな可能性を感じます。

 私の前任校は、板橋区立赤塚第二中学校です。板橋区で初めて「教科センター方式」を導入した学校で、教科ごとに「教科教室」があります。さらに特徴的なのは、教科教室に隣接する「学びの広場」があることです。そこでは、各教科の教員が、資料や掲示物を常時豊富に揃え、生徒の学ぶ意欲を高めるよう工夫しています。しかし、本来の目的は、各教科のリーダー(生徒)が、壁面や天井に生徒の研究の成果や作品を展示して、教科ごとに、3年間の学習内容が見渡せるような場にすることです。各学年の生徒が、ここに来れば、これまでの学習内容を振り返ることができる、現在の学習内容が確認できる、これからの学習内容を見通すことができる、といった場にすることです。また、ポスターセッションなどの、生徒が学習した内容のプレゼンテーションができる場として活用することです。

 私の提案は、各学校のちょっとした空間を「学びの広場」にしてはどうか、ということです。生徒が授業等で集積してきた学びの成果を、生徒が自ら、新たなテーマや価値観、異なった見方から整理して、展示・公開する場として「学びの広場」をとらえましょう。そこでは、行き交う生徒がふと立ち止まり、互いの学びについて語り合います。また、その場をより多目的に柔軟に使えるように、生徒が自ら工夫を凝らしながら、主体的に企画・運営します。初めは教科リーダーが、そして、徐々に一人一人の生徒が、キュレーション能力を身に付け、キュレーターになる。そして、互いの「企画展」を見合う。アクティブ・ラーニングの一つの形が、今ここにあります。