◆ 目次 ◆ ———————————————————————-
(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 子どもたちが自律的な学習者になるために -アクティブ・ラーニングの勧め-
(4)今月のおすすめ書籍
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◇ 所長だより ◇
「教材の次元分け」による授業設計
教職教育開発センター所長 吉崎静夫
わが国の授業研究をリードしてきた研究者の一人が、東京工業大学名誉教授の坂元昂氏です。坂元は、わが国の教育工学のパイオニアとして、日本教育工学会の設立と発展に多大な貢献をしました。そして、坂元は、小中高の教師たちとの共同研究を通して、多くの「授業改善・改造のための技法」を開発し、教育現場に普及させました。例えば、「授業における三方向コミュニケーション(行って、帰って、また行く)」「授業の相関分析」「授業の内容分析」「線結び式授業の内容分析」「授業改善視点表」「学習改善視点表」「コメット法による授業設計」「学習意欲の開発」などです。なお、坂元は多くの著書を書いていますが、代表的著書の一つが坂元昂(1980)『授業改造の技法』明治図書です。そこには、授業改善・改造のための技法と実践例がたくさん紹介されています。ここでは、その中から、「コメット法による授業設計」の中核をなす「教材の次元分け」を紹介します。
教材の次元分けは、「教材を複数の次元上の値に分析し、それらを組み合わせて集合に再編成し、具体的目標と教材との対応をつけることであるが、より厳密には、教材のどの次元が内容に対して正しい代表となっているか、誤りの代表となっているか、さらに、どの次元を手がかりとして反応すれば、内容到達につまずくことになるか、を識別することである」(同書、203頁)ということです。つまり、正しい代表となっている次元が「適切次元の正の値」、誤りの代表となっている次元が「適切次元の負の値」であり、内容到達につまずくことになる次元が「不適切次元」ということになります。
これらの次元をわかりやすく説明するために、坂元は「婿選び」の例をあげています。
今、年頃の娘さんによい配偶者を見つけてほしいと父親から頼まれている人がいます。直接お嬢さんに、「どんな人が好きなのか」と尋ねても、もじもじして、言葉を濁し、はっきりと答えてくれません。いまどきこのようなお嬢さんがいるのかどうかわかりませんが。
そこで、その頼まれた人は、やむを得ず、何枚かの健康な会社員の写真をそのお嬢さんに見せることにしました。
ここでの「ねらい」は、「そのお嬢さんが考えているよい配偶者の特性を探ること」です。そして、世話人が「学習者」となり、人の特性が「教材」となります。さらに、写真は「学習媒体(学習メディア)」ということになります。ところで、写真で、背が低く、やせて家柄がよく、学歴が高い若い男を見せたところ、お嬢さんはあまり気に入らないといいます。
そこで、様々な条件の組み合わせの写真を見せたところ、そのお嬢さんが考えている好きな人のタイプは、家柄や学歴や年齢に関係なく、背が高くやせているだけで、眼鏡をかけていようがいまいがかまわないことを学びました。
坂元は、背の高さや、太り具合のように「ねらい」に本質的にかかわる次元を「適切次元」と呼び、家柄、学歴、年齢などのように「ねらい」に直接関係せず、むしろそれらにもとづいて判断すると正しい結論に至らない次元を「不適切次元」と呼んでいます。さらに、「適切次元」と「不適切次元」には、それぞれ値があります。例えば、上の例でいえば、「適切次元」において、背が高い人とやせている人は「正の値」であり、背が低い人や太っている人は「負の値」ということになります。
とてもおもしろい教材分析の考え方です。ぜひ先生方にも授業設計の際に参考にしてほしいです。
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◇ 教育時事アラカルト ◇
大阪教育大学附属池田小学校事件を振り返る
教職教育開発センター教授 坂田 仰
大阪教育大学教育学部附属池田小学校事件が起きたのは,2001(平成13)年6月8日のことであった。今年も犠牲者を追悼する集い,「祈りと誓いの集い」が執り行われたという。だが,いくら歳月が流れても,幼い子どもを亡くした遺族の心が安まる日は永遠に訪れない。
事件当日,犯人は,同校の自動車専用門付近に自車を駐車し,複数の刃物を隠し持ち侵入した。途中,犯人を保護者と誤解した教諭とすれ違い,やがて校舎のテラス付近に至った。ここで1階教室の様子をうかがった後,児童のみが教室にいた2年南組で凶行に及ぶことになる。児童8名が命を落とし,教諭2名と児童13名が重軽傷を負うという惨劇となった。
犯人は,最終的に担任教員と副校長の手によって取り押さえられ,駆けつけた警察官に引き渡された。その後,附属池田小学校事件と余罪を併せて,建造物侵入罪,殺人罪,殺人未遂罪,銃砲刀剣類所持等取締法違反罪,傷害罪,暴行罪,器物損壊罪等,7つの罪で起訴され,死刑判決を受けている。
危機管理の不備を指弾された大阪教育大学は,2001(平成13)年10月,中谷彪学長(当時)名で「附属池田小学校事件についての学長の思い」と題する文章を公にしている。この中で中谷学長は,日本の安全管理一般に関し,社会全体の治安が悪化する中,学校全体が「社会全体の危機意識の希薄さの中に埋没していた」とした上で,大阪教育大学附属学校では,この種の事件が「発生するはずがないという先入観があった」と指摘し,教職員の間に根拠なき「安全神話」が存在していたことを認めている。
もちろん「危機管理官」の実現に向けては,法制度その他必要な整備を進めることが重要である。だが,最も必要なことは,中谷学長が指摘する通り,危機管理に対する教職員の「意識」改革である。職務の成否は担当者の気構えで決まる。特に危機管理は,子どもの生命,身体の安全と直結する問題であり,求められる決意もそれだけ大きい。教職員にその責任を引き受ける決意,気構えはあるのか。悲惨な事件から14年,改めてこの点が問われることになる。
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◇ 子どもたちが自律的な学習者になるために -アクティブ・ラーニングの勧め-(No.3) ◇
(3)キュレーション学習
家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉
(1) 文部科学省の調査結果から
文部科学省は「児童生徒の情報活用能力育成に向けた施策の展開、学習指導の改善・教育課程の検討のための基礎資料を得ること」を目的とした調査を、国公私立の小学校第5学年児童(116校 3343人)・中学校第2学年生徒(104校 3338人)を対象に行いました(調査期間 平成25年10月~平成26年1月)。主な調査内容は、①「情報活用の実践力」 ②「情報の科学的な理解」 ③「情報社会に参画する態度」です。
その結果、「①小学生について、整理された情報を読み取ることはできるが、複数のウェブページから目的に応じて、特定の情報を見つけ出し、関連付けることに課題がある。また、情報を整理し、解釈することや受け手の状況に応じて情報発信することに課題がある。②中学生について、整理された情報を読み取ることはできるが、複数のウェブページから目的に応じて、特定の情報を見つけ出し、関連付けることに課題がある。また、一覧表示された情報を整理・解釈することや、受け手の状況に応じて情報発信することに課題がある。」(下線は文部科学省)が調査結果のポイントとして指摘されました。これは、明らかにキュレーションの力(以下、「キュレーション能力」と呼ぶことにします。)が身に付いていないことを如実に示しています。
(2) キュレーション能力の育成
キュレーション(curation)は、IT用語として「人手で情報やコンテンツを収集・整理し、それによって新たな価値や意味を付与して共有すること」(IT用語辞典バイナリ)の意味でよく使われます。一般に、美術館などで企画展を組む「キュレーター」(curator)は、「学芸員」のことで、企画展において、特定のテーマに沿って作品を収集し、それぞれの作品を特定の文脈の中に位置付け、観客に紹介する、といった役割を担っています。
神奈川県立生命の星・地球博物館の主任学芸員である田口公則氏※は、「(現在の子どもたちは)身近なモノ・コトについて知識や情報は持ち得ても、それらの関係性まで深く考える機会は少ないかもしれません。手軽に情報検索ができる現在、知識・情報を多く持つこともさることながら、事物・現象から関係性を把握する力が重要と考えます。」と述べ、博物館の展示を活用して資料(事物・現象(モノ・コト))の編集力を養うことを提案しています。「博物館では、それぞれのテーマに沿って資料を蓄積しています。また、資料をベースとした活動、「資料の収集」「資料の整理・保管」「調査・研究」「教育・普及」が博物館の機能です。別の言い方をすれば、“資料の編集”と言ってもいいでしょう。」「博物館の展示が資料の関係性を示しているのであれば、その関係性を学ぶ場として展示を利用できるはずです。」「しかし、学芸員の視点を持ってその関係性を見つけることは専門家でなければ難しいこともあるでしょう。何も博物館が示す展示ストーリーに準じて学ぶばかりではありません。」「展示ストーリーを離れて自分のオリジナルの関係性を見つける遊びも一つの方法です。展示の構成を一度バラバラにしてから、各要素について自分なりの関係性を見いだしていくパズルの楽しみ方があってもよいでしょう。」「展示室で気になるものにカメラを向けて撮った…写真を並べ、気になった展示にメモを付けたり、写真をグルーピングといった作業は、自分の視点によるモノ・コトの関係性を見つける手立てになりそうです。」
田口氏は、ある主題を持って「資料の収集」「資料の整理・保管」「調査・研究」「教育・普及」が行なわれている博物館の展示を活用して、児童生徒が自分なりに資料を編集してオリジナルの関係性を見つける学習活動の推進を提唱しています。
この考え方は、現在の学校教育において、環境学習のみならず、教科・領域等の枠を超えて全ての教育活動に渡ってかなり有効なものになると思われます。扱う「資料」(モノ・コト、情報)は、課題解決のために必要な初めて見る新しい資料でも、既知の資料、例えば、児童生徒がそれまでに作ってきた自分自身の作品や作文、調査結果等の成果物でもよいでしょう。児童生徒は、ある課題の解決のために、あるテーマを設定し、それに沿って資料を「収集」「整理」「調査」し、それらの資料に新たな意味付けや価値付けを行い、「発信」し、「共有」するというプロセスを進みます。これは「キュレーション」と同様のプロセスです。「キュレーション」は前述のようにIT用語の一つですが、学習法の工夫、授業改善といった角度から児童生徒に必要なキー・コンピテンシーを形成する重要な要素として新たな光を当てることを試みたいと思います。
キュレーション能力を養う学習(「キュレーション学習」と呼びたいと思います。)が、前述の文部科学省の調査結果で明らかになった課題に対応する有効な手立てとなり、子どもたちが、変化の激しい先行き不透明なこれからの社会をたくましく柔軟に生きていくための力を獲得することに大きく資すると考えます。
※田口公則(2015)「モノ・コトの関係性を見抜く視点~博物館の展示で編集力を養う~」教育出版 Educo No.36
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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇
~「正しい意見」や「間違った意見」などない ~
「世界のエリートが学んできた 自分の考えを『伝える力』の授業」
狩野 みき著 定価1400円(税別) 日本実業出版社
会議やミーティングで意見を言いたいのに「自分の意見が間違っていたらどうしよう・・・」と発言できず悔んだことはありませんか。「察し合う」文化に生きる日本人にとって、議論は苦手なものですが、本書は「意見を言うのが苦手」な人でも「カドを立てずに、堂々と自分の考えを伝えるコツ」を伝授してくれます。
著者によると、日本人が意見を言えない原因は①「自分の意見が間違っていたらイヤだから」という気持ち、②「意見を言って、その場の空気を乱したくない」という気遣い―だそうです。しかし、①に対しては「正しい意見」も「間違った意見」もなく「説得力があるかどうか」で判断すべきであり、「説得力のある意見」とは「きちんとした根拠のある意見」であること、②に対しては「意見を伝えること自体が議論において『貢献』になる」、「その意見は他の人とは違うからこそ意義がある」と指摘します。
また、「議論」は「けんか」と混同されがちですが、どこ違うのか。「自分の言い分を是が非でも通したい、という大前提がある」のが「けんか」で、その大前提がないのが「議論」。「感情からスタートしている」のが「けんか」で、スタートしていないのが「議論」。「自分の言い分と相手の言い分が違っている時、『相手が間違っている』と思う」のが「けんか」で、「相手が間違っているわけではなく、相手は自分と『違う』だけ」と考えるのが「議論」。つまり、議論が目指すのは「お互いに質問やコメントを言い、時には反論することを通してもっと良いものを作り上げる」ことになります。
具体的には「わかりやすく意見を伝えるコツ」、「議論に貢献できるコメント・質問」、「気持ちよく意見交換するためのルール」、「グローバル・プレゼン講座」と4つレッスンで構成されます。このうち「意見交換のためのルール」をみると、「この世に『間違った意見』などない」、「相手は審査員ではない」、「『まず、受け止める→自分の主張に移る』が鉄則」、「質問を質問で返さない、質問には真正面から答える」、「『反論=人格否定』ではない」、「『私は別意見なんです』は最強フレーズ」―といった具合です。
かつては「ありもしない『意見・質問の絶対正解集』におびえていた」著者が伝授するコツは、日本人の気質を踏まえて書かれており、欧米流のスキルをそのまま並べたものより説得力があります。会議やミーティングだけでなく、授業でも参考になる一冊です。 (関)