◆ 目次 ◆ ———————————————————————-
(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 子どもたちが自律的な学習者になるために -アクティブ・ラーニングの勧め-
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◇ 所長だより ◇
ある熟達教師の成長の軌跡(1)
教職教育開発センター所長 吉崎静夫
今月と来月の2回にわたって、来年の3月に関西大学初等部を定年退職する三宅喜久子先生について書いてみます。三宅先生は、熟達教師の典型だといえます。この熟達教師が、長い教職生活の中で、どのような試練に直面し、そのことをどのように乗り越えながら「教師として成長」をとげたのかを考えてみます。三宅先生は、まさに「学び続ける教師」そのものだといえます。
三宅先生は、「学校放送番組を利用した授業実践」「総合的な学習の時間の授業実践」「国際理解学習や国際協力実践」「関大初等部でのミューズ学習(子ども思考力育成)」などの幅広い実践を通して、全国の教育関係者(教育現場の教師、大学の研究者、NHKの放送制作者など)にとてもよく知られています。
私は、三宅先生の授業実践を、2006年1月24日に岡山市立津島小学校で見ました。それは、6年4組の児童(30名)を対象に行われた「わたしたちのくらしと政治」という単元の社会科の授業でした。本時は、身近な公共施設(京山公民館)で取材してきた資料をもとに発表用スライドを制作して、学級のみんなにその成果をプレゼンすることが主な活動でした。
あるグループの児童たちは、「京山公民館の建設にあたって、税金が使われたこと」「公民館の講座開設にあたっては、地域住民が要望を出し、そのことを行政にかけあい、予算化してもらったこと」などを写真、イラスト、言葉を駆使してわかりやすくプレゼンしていました。そして、「みんなが払う税金は、人々のねがいをかなえるために使われている」と結論づけていました。
まさに、「自分のくらしに引き寄せて政治を考えてほしい」という教師のねがいが、どのグループの発表にもよく表れていました。そして、この授業実践は、身近なところ(公民館)からスタートして、国全体のしくみ(選挙、国会など)を学習させ、そしてもう一度身近なところへ戻るという、三宅先生の「単元構想力」が基盤となっていました。さらに、この授業実践では、効果的にICTが活用されていました。
来月号では、このような「授業デザイン力」「授業実践力「ICT活用力」などを有する三宅先生が、どのような軌跡をたどって、このような力量を身に付けられたのかを考えてみます。
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◇ 教育時事アラカルト ◇
担任教員による「いじめ」を考える
教職教育開発センター教授 坂田 仰
小学生にとって,担任教員の影響力は計り知れない。小学校の担任教員は,ほぼ全ての授業を担当し,成績評価を行う。また,運動会,学芸会の指導その他のクラス活動全般を指導し,児童の学校生活のほぼ全てを取り仕切る。その意味において,児童の生殺与奪の権限を握っていると言っても過言ではなく,力関係では,明らかに担任が児童を圧倒している。したがって,担任教員と良好な関係を構築することは,児童の学校生活を左右すると言える。
だが,時にその関係が上手く構築できず,破綻した結果,訴訟にまで発展する例が存在している。担任教員いじめ訴訟はその典型である(さいたま地方裁判所判決平成17年4月15日)。担任教員の過酷な態度・指導によって,外傷性ストレス性障害(PTSD)が発生したとして,卒業生が損害賠償の支払いを求めた事案である。
五年生のクラス担任を務めていた教員は,訴訟を提起した児童に対し,「そんなぶすくれた顔は見たくないから見せないでくれ。」,「どうしてそんなに暗くなったの。」,「私は,あなたを除く,子どもだけ見てればいいんだから。」等の発言を繰り返していたという。見かねた同僚教員から「教育上行き過ぎた発言をしたようだ」との報告があり,また一部保護者からも問題発言があったとの申し立てが行われたことを受けて,校長が謝罪し,担任教員を交代させるという事態にまで発展することになった。
だが,担任教員の交代によってクラスの雰囲気や級友の態度が一変して行く。他の児童から,「問題児」,「先生をやめさせたくせに」などと嫌みを言われ,無視されるといった嫌がらせを受け,徐々に児童の心は蝕まれて行ったのである。嫌がらせは,中学進学後も続き,三年時には,とうとう精神分裂病,自律神経失調症(心身症)と診断されるに至ったと,卒業生は主張している。
結果的に判決は,PTSDと担任教員の行為の因果関係が明確ではないと判断した。しかし,担任教員の態度・指導が不適切であったことは否めないとし,100万円の損害賠償の支払いを学校設置者に命じている。卒業生が,在学当時に味わった精神的苦痛を100万円と評価したものである。担任教員の態度・指導から受けたストレスは相当高度なものであったと考えた結果であろう。
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◇ 子どもたちが自律的な学習者になるために -アクティブ・ラーニングの勧め-(No.7) ◇
5「批判的思考力」の育成
家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉
(1)「批判的思考力」とは
一般的に、「批判的思考力」とは、「物事を多角的・多面的に捉える力」や「多様な観点から考察する能力」のことを言います。
学校教育法51条の第3項には、「個性の確立に努めるとともに,社会について,広く深い理解と健全な批判力を養い,社会の発展に寄与する態度を養うこと。」が、高等学校における教育の目標の一つとして掲げられています。
また、「 社会の期待に応える教育改革の推進」(文部科学大臣、平成24年6月4日)では、「社会構造の変化に対応するための初等中等教育システム改革」において、すべての子どもに、課題解決のために自ら考え判断・行動できる「社会を生き抜く力」を育成することが必要であり、「考える力」(クリティカル・シンキング)やコミュニケーション能力等の育成が重要であると述べられています。
子どもたちが主体的、探究的、協働的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」の充実には、この「批判的思考力」の育成とその活用による問題解決学習の推進が重要であると考えます。そして、高等学校段階まで待つのでなく、小学校や中学校の段階でも、「批判的思考」(クリティカル・シンキング)を発達段階に応じて適切に取り入れた教育活動を展開することが、一つの鍵になっていると考えます。
(2)「批判的思考力」の育成と活用
前回、いじめの問題への対応で「ダブル・ループ学習」を行った中学校の例をあげました。
これまで当然のことと考えられてきた「前提」や「目標」が、課題解決のために適切なものかどうかを省察して、いじめ問題の対応策の枠組みを一から立て直すことで、いじめ問題に継続的に取り組んでいく中学校の実践例でした。「ダブル・ループ学習」によって得た思考法を「ダブル・ループ思考」と呼ぶならば、「ダブル・ループ思考」ができる力が「批判的思考力」の中核をなすものと捉えると、具体的な学習活動がイメージできると思われます。
先日、教職課程を履修しているある学生が、1冊の本を持って私の研究室を訪れました。その学生は、「先生、この本に書かれている学校の対応の仕方は良くないですよね。」と言いました。その本は、教員採用試験対策の市販の参考書でした。「学校の事務職員から、先生のクラスのA君が給食費を3か月滞納しています、という連絡を受けた時、あなたは担任としてどのように対応しますか。」という事例問題の答えとして、「担任としては、当該児童生徒を早速呼び出して事情を聴くことになる。家庭の事情かもしれないし、生徒が使い込んだり、失くしてしまったりしたということも考えられる。事情を聴くに当たっては、動揺する児童生徒の精神状態に十分配慮して進めることが大切である。」という趣旨のことが書かれていました。その学生は、「本当に児童生徒の心を大切にして指導するなら、児童生徒から事情を聴くのではなく、保護者に直接聴くべきである。配慮の仕方が根本から違う。」と述べたのでした。興味深いことに、2日後、今度は別の学生が、同じことを言いに私を訪れたのでした。私は心から嬉しく思いました。この学生たちは、「本」に書かれていることを動かしがたい「前提」として位置付け、それに基づいて「方法論」を議論するというやり方を取ろうとはしていないのです。これまでの大学での学修や多様な教育活動の経験等から物事の本質を見極めようとする姿勢が身に付き、この問題を多角的・多面的に分析し、自分が教師になった時の自身の問題として、今はまだ目の前にいない児童生徒の心に寄り添って、捉えることができたのだと思いました。