◆ 目次 ◆ ———————————————————————-
(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 子どもたちが自律的な学習者になるために -アクティブ・ラーニングの勧め-
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◇ 所長だより ◇
「日本型教育」の輸出(1)
教職教育開発センター所長 吉崎静夫
明けましておめでとうございます。本年が皆様にとってすばらしい1年になりますように願っています。
「日本型教育」が世界から注目されています。その一つが、授業研究(レッスン・スタディ)です。もう一つが、学校給食や掃除に代表される特別活動です。そして、今月は、発展途上国を中心に輸出されている授業研究(レッスン・スタディ)について紹介します。
授業研究は,授業設計(Plan),授業実施(Do),授業評価(Check),授業改善(Action)という一連のサイクルの中で行われます。そして、この授業研究が、同僚教師との協働のもとで行われるとき、「学校の課題解決」や「教師の授業力量形成」に大いに寄与することになります。これが、世界の教育界が注目する、わが国の「授業研究(レッスン・スタディ)」の基本形です。
そして、日本のJICA(国際協力機構)が発展途上国への教育支援として「レッスン・スタディを組み込んだJICAプロジェクト」を20カ国で展開しています。その中、インドネシア、バングラデシュ、ザンビア、ニカラグアでのプロジェクトがその他の国々でのプロジェクトのモデルとなっています。
例えば、ザンビアでは、次の8つのステップでレッスン・スタディが行われています。
① 課題の特定化―教師たちは、レッスン・スタディがターゲットとする課題を特定化させます。なお、そこでの課題は、教授法から教室での問題まで幅広いものとなります。
② 協働での授業設計―教師たちは、特定化された課題を解決するために、協働で授業を設計します。そこでは、授業目標を検討し、教材や教授法について議論します。
③ デモ授業の実施―ある教師が協働で設計された授業を実施します。他の教師は、それぞれの関心をもって、その授業を観察します。学校管理職や教育専門家が授業観察に参加することもあります。
④ 授業の討議と省察―教師たちは、その授業について討議し、その授業の効果を省察します。まず授業者が授業についてコメントし、次に観察者が自分たちの観察したことを共有化します。なお、討議の焦点は、より良い教授・学習のために授業を改善することにあります。
⑤ 授業案の修正―授業批評や省察の結果をふまえて、教師たちが協働して授業案の修正を行います。そして、同一教師による他のクラスでの授業実践に向けて、修正された授業案が用意されます。
⑥ 修正された授業案による授業実施―修正された授業案にもとづいて、同一教師が他のクラスで授業を実践します。他の教師や学校管理職は、授業の修正(改善)が効果的に行われたかどうか検討するために授業を観察します。
⑦ 授業の討議と省察―1回目の授業と2回目の授業の違いについて観察されたことが話し合われ、教師間で共有化されます。小さな改善さえも評価されます。そして、参加している教師一人一人が自らの日常の授業実践に適用できるように、授業改善のための示唆がさらに話し合われます。
⑧ 省察の蓄積・共有化―レッスン・スタディの各ステップを通じて得られた省察と示唆が集団として蓄積され、記録されます。そして、この記録は、各教師が授業に関する知識や技能を専門職としてどのようにして豊かにさせることができるのかについての有益な手がかりとなります。
この授業研究(レッスン・スタディ)のやり方は、授業設計(Plan),授業実施(Do),授業評価(Check),授業改善(Action)という一連のサイクルを2回まわしていることに特徴があります。まさに、本格的な授業研究の方法だといえます。そして、ザンビア政府は、2006年のレッスン・スタディ導入以来、「学校を基盤とする教師の継続的な専門的成長」を制度化するためにレッスン・スタディを活用し、大きな成果をあげています。授業研究を専門とする研究者の一人として嬉しいかぎりです。
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◇ 教育時事アラカルト ◇
公立学校教員の人事評価
教職教育開発センター教授 坂田 仰
昭和の時代,公立学校教員の給与体系は単純であった。不祥事でも起こさない限り,給与表の階段を,毎年,一段ずつ上って行く。勤務評定とは名ばかり,長閑な時代である。
2016(平成28)年4月,人事評価の全面実施を求める改正地方公務員法が施行される。人事評価とは,職員がその職務を遂行するに当たり発揮した能力及び上げた業績を把握した上で行われる勤務成績の評価を指す。能力と実績に基づく人事管理の徹底という観点に立ち,評価の結果を,任用,給与,分限等の基礎とすることを主たる目的とし,人材の育成,組織の活性化等を副次的な目的としている。
これまで公立学校教員の評価は,東京都や大阪府等,一部の自治体を除いて,これまで教員の成長という側面を重視し,人事管理との連動を意識的に遮断しようとする自治体が少なくなかった。しかし,今後,全国の自治体で,職員の自己申告による「目標管理」と「業績評価」で構成される,人事評価制度が導入されることになる。
だが,学校現場には,人事評価制度は「教師の教育の自由を不当に制約する」,「教育の成果はその子が人生を終えるまで測ることが出来ない。だから,教員の仕事は評価に馴染まない」といった批判が,今も根強く存在している。新しい制度の運用に対して,各地で反対論が展開されることが予測される。この点については,反対論の妥当性は別として,「勤務評定の制度の内容をどのようなものにするかは任命権者の裁量にゆだねられている」とする先例が存在することに留意する必要があるだろう(「大阪公立学校勤務評定訴訟」大阪地方裁判所判決平成20年12月25日)。
ただ,「客観性」「公平性」をどのように確保するのかという課題は残されている。管理職が評価者である場合や,評価項目が明示されないまま行われる場合等は,特に疑念が生じやすい。導入を前に,地方公務員法が,「職員の人事評価は,公正に行われなければならない」と規定している点を改めて確認する必要があろう(23条1項)。
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◇ 子どもたちが自律的な学習者になるために ◇
-アクティブ・ラーニングの勧め- (No.10)
家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉
8 共感
授業において、教師と子ども、子どもと子ども同士が互いに共感し合う関係にあるとき、子どもの学びは一層深まります。共感は深い学びにとって重要な要素です。
(1)学習意欲を持つきっかけ
ある中学校で、数学の二次方程式の研究授業を参観した時のことです。生徒の中には、二次方程式に高い関心を示している生徒もいれば、数学は大嫌いで端から受け付けない生徒もいました。A君は後者の生徒でした。窓から外の様子を見てばかりいました。しかし、数学教師が黒板消しを落としそうになって慌てた様子を見て、A君の表情が変わりました。また、隣の席の生徒がA君に向かって「こんなの分かるかよ。なあ。」と言った時、A君は「ああ。」と言って笑いました。そして、A君は、これを機に授業に熱心に取り組み始めたのです。授業の参観者たちはこの場面を見逃しませんでした。
(2)心的環境
授業後の研究協議会において、「生徒が学習意欲を持つには、生徒の心的環境の整備も大変重要であることがよく分かりました。」とある参加者が述べました。
「心的環境」とは何でしょう。この数学の授業において、A君が「熱心に生徒に語りかけていた教師が黒板消しを落としそうになった様子に親近感を感じた」「自分の身の回りに、自分と同じ気持ちを持っている生徒がいることに気付いた」といったことが、本当にA君の学習意欲を高めるきっかけになったのでしょうか。なったのだとしたら、それはなぜでしょうか。
同協議会では、「豊かな人間性と専門性を持った教師への共感。不平を言いながらも真摯に課題に取り組もうとする他の生徒への共感。そういった一体的な共感が持てることで、二次方程式を、自分だけでなく皆で共通に取り組む課題として感じることができ、より自分に近いものとして認識できるようになった。共通の目標に向かっているという協働意識と安心感のある心的環境が、生徒が授業に積極的に取り組む上での重要な要素の一つになった。」という分析がなされました。
(3)読み聞かせにおける共感
学習には共感が必要であることを示唆する興味深い研究があります。泰羅雅登氏(現東京医科歯科大学大学院教授)は著書の「読み聞かせは心の脳に届く」の中で次のように述べています。
「読み聞かせをすると、思考・感情のコントロールやコミュニケーションをつかさどる『前頭前野』が活性化するのではないか、と仮説をたて、科学的な検証を試みたところ、読み聞かせをしているとき、母親の前頭前野が活発に働いているのに、意外にも子どもの前頭前野は活動していなかった。その代わり、活発になっていたのは、感情や情動にかかわる『大脳辺縁系』。瞬時に危険を避けるなど、喜怒哀楽を生みだしその感情に基づいて基本的な行動を決める『心の脳』と呼ばれる部分。親が感情を込めて読むことで喜怒哀楽が伝わる。『怖い』『うれしい』がはっきり分かるようになり、生活行動に生きてくる。」「親と子どもの豊かな心のつながりの中で行われる読み聞かせを通して、子どもは情緒が育ち、親の心も一緒に豊かになる。」
(4)共感を伴う理解
読み聞かせにおける親と子どもの心的な関係は、授業における教師と生徒の心的な関係の重要性を示唆しています。つまり、授業においても、表面的な理解にとどまらず、大脳辺縁系にまで届く「共感を伴う理解」が大切だということです。生徒にとって深い理解や学習になるかどうかは、教師への共感があるかどうかにかかっている、と言っても過言ではないでしょう。生徒が深い学びを行う前提には、生徒を一人の人間として認め、尊重するという教師の豊かな人間性と教科に関する高い専門性があるということです。教師と生徒との間に互いに共感し合う力があるとき、心に響く学びが生まれます。また、これに生徒同士の心の響き合いが絡まり合い、教室全体が共感関係で包まれる時、学びはさらに深まります。この心の響きが、生徒にとって、これからも高い関心を持って課題に取り組もう、という持続性のある内発的な学習の動機付けになるのです。