カモミールnetマガジン

2017年6月号

◆ 目次 ◆ ———————————————————————-

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 「考える道徳」「議論する道徳」の推進―批判的思考力及び自律性の育成を中心に―
(4) 今月のおすすめ書籍

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◇ 所長だより ◇

一人称としての授業研究(3)
           教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 今月も、「一人称としての授業研究」について考えてみます。
 先月号で述べたように、教師は、授業中に、何を見て、何を感じ、どのようなことを考えているのでしょうか。さらに、どのような判断や意思決定をしているのでしょうか。このような教師の内面過程に、授業当事者の視点から迫るのが「一人称としての授業研究」です。

 ところで、教師(授業者)の頭部に装着するウェアラブルカメラを用いて教師の視線の方向から教室風景(主として、児童生徒)を映し出すビデオ映像が、授業研究で使われるようになりました。
 姫野は、授業者の視線から撮影・記録した映像をもとに、授業中の教師の視線傾向や意図を継時的に振り返る授業リフレクションを試行し、その成果と課題を明らかにしています。例えば、授業者のI教諭(教職経験9年、小学校1年担当)は、日常生活において気がかりな子どもに多くの視線を向ける傾向がありました。また、この教師は、自らの視線で撮影・記録したビデオ映像を見ながら、自らの行動について次のような興味深いコメントをしました。

 「いま(自分の行動について)説明をしたでしょう。こういう意図でとか。そういうのは、普段は全然意識していないので、ほとんど無意識でしていることの説明をしたので、なんか発見ですね。自分はこんな風に考えてそうやっているのかって。例えば、近くの人(児童)を全然見ていなかったとか、面白いですね」

 このコメントには、次の二つのことが含まれています。
 一つは、日頃は無意識的に行っている教授行動(手だて)について、自らの視線で撮影・記録したビデオ映像を手がかりとすることによって、自らの教授意図をリフレクションできていることです。そして、そのことが教師にとっては新たな発見につながっていることです。
 もう一つは、普段見過ごしている自らのクセに気づいたことです。そして、そのことが教師にとっては面白いことだったのです。新たな授業力の向上につながることでしょう。

文献
●姫野完治「教師の視線に焦点を当てた授業リフレクションの試行と評価」日本教育工学会論文誌、40(Suppl.)、13-16頁、2016年

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◇ 教育時事アラカルト ◇

いじめ防止対策ガイドラインの改定
           教職教育開発センター教授 坂田 仰

 2013(平成25)年のいじめ防止対策推進法の制定から4年近くが経過した。青森市や取手市の中学生いじめ自殺事件をはじめとして,この間,相変わらず凄惨ないじめ事案が報告されている。

 いじめ対策推進法には,法律施行後のいじめの状況を考慮し,法律を見直す規定が盛り込まれている。「いじめの防止等のための対策については、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行状況等を勘案し、検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする」という規定である(附則2条1項)。この規定を受けて,2017(平成29)年3月,法律に先立ち,いじめ防止対策ガイドライン(いじめの防止等のための基本的な方針)が改定された。

 改訂の基礎となった平成28年度いじめ防止対策協議会「いじめ防止対策推進法の施行状況に関する議論のとりまとめ」から,主な改正点を見ていくと,まず,いじめの定義の明確化である。学校によっていじめ認知件数に明らかな差がある。いじめ防止対策推進法によるいじめに該当するにもかかわらず,学校によってはいじめとして扱われていないものを例示するなど、いじめの定義の明確化を図ること,重大事態が発生した際,被害者側の意向が反映されないまま調査が行われたり,調査の結果が適切に提供されていなかったりするケースが存在することから、重大事態の調査の進め方についてガイドラインを作成することである。

 学校現場での日常的な取り組みに関わっては,校内のいじめ対策組織の活性化が挙げられる。いじめの情報共有等について,被害児童・生徒を守るという観点から,いじめへの対応を教職員の最優先の事項と位置付け,校内いじめ対策組織を中心にいじめの撲滅に向けた取り組みが積極的に展開されることが期待されている。そして,毅然とした指導である。中学校等のいじめ事案で,加害者に対する出席停止措置がほとんど行われていない点を鑑み,教育委員会に対して,出席停止措置の手順,出席停止中の加害者に対する支援を含む留意事項等を提示し,必要な場合に出席停止措置を適切にとることができる体制を構築することが目指された。

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◇ 「考える道徳」「議論する道徳」の推進   -批判的思考力及び自律性の育成を中心に - ◇
           家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

第1部 道徳の授業を取り巻く諸課題

4「るっぺ どうしたの」の指導のねらい
 「るっぺ どうしたの」は、次のような読み物です。

「るっぺ、るっぺ、おきてるの。」
おかあさんの こえが とても とおくから きこえてきます。
 さっき、目ざましどけいも とても とおくで なって いたようです。
「るっぺ、やっぱり おきていなかったのね。まいあさ、まいあさ、おなじことを いわせないで ちょうだい。」
こんどは、おかあさんの こえが、るっぺの かおのちかくから きこえてきます。
 でも、おさるの るっぺの 目は あきません。

「るっぺくん、早く。おくれちゃうよう。」
うさぎの ぴょんたくんは、足を バタバタさせています。
「だってえ。」
るっぺの、口は、とんがって います。
「るっぺくん、くつの かかとを ふんでるよ。ちゃんと はけよ。」
ぴょんたくんは、足を バタバタさせながら いいました。
「だってえ。」
るっぺは、口を とんがらせたまま 下を むいて くつを なおそうと しました。
 ランドセルの 中から、いろんな ものが、みんなとびだしました。

「るっぺさん、やめて。」
クラスの みけねこちゃん、めえやぎちゃんたちは、こわい かおを そろえていいました。
「やだね。」
るっぺは、なにが 気にいらないのか ほっぺをふくらませたまま すなばのすなを なげています。
「るっぺさん、いいかげんに してよ。」
みんなは、こわい かおを そろえて さけびました。
「やだね。」
と いった とき たぬきの ぽんちゃんが、目を おさえて しゃがみこみました。
              出典文部省道徳教育指導資料(指導の手引き)1 

 筆者は、以前、「道徳教育の研究」の講座を履修していた20人の学生に、「この読み物を使って道徳の授業を行うとしたら、どのようなテーマを設定しますか。「小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」に示されている「内容項目」からキーワードを選んでみましょう。」と、複数回答可能で尋ねたことがあります。
 小グループで協議した後の発表で最も多かったのは、「相互理解」(20人)でした。次に「思いやり」(16人)と「節度、節制」(16人)、次に「寛容」(12人)、「友情、信頼」(8人)、「より良い学校生活」(8人)、「礼儀」(8人)と続きました。そのほかにも、「自主、自立」「家族愛」「集団生活の充実」「向上心」「個性の伸長」がそれぞれ5人いました。 
 この結果をもとに、全体で協議しました。まとめは、次のようなものでした。「先行指導例でも「身の回りを整え、わがままをしないで、規則正しい生活をする。」を主題にしているので、「節度、節制」は外せない。しかし、それを前面に出すのは、形だけの規律指導になり、いじめに繋がる危険性がある。題名の「るっぺ どうしたの」は、友だちを非難する言葉ではなく、心配し案ずる言葉と捉えることもできる。たぬきのぽんちゃんが、目をおさえてしゃがみ込んだのも意味深である。「節度、節制」を視野に入れながらも「相互理解」をメインにして、友だちを理解してより良い友だち関係を築こうとする気持ちの大切さや、あるべき生活の仕方について考えさせたい。」でした。
 「内容項目」は全部で22項目あります。小学校低学年では、そのうちの19項目が設定されていますが、学生たちは全員、その19項目には入っていない「相互理解」をあえて選んだのでした。(次号に続く)

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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇
~ 「ネット」と「日常」は同じもの ~
「大人を黙らせるインターネットの歩き方」
 小木曽 健著  ちくまプリマー新書  定価820円(税別)

 「スマホ依存」「炎上」「ネットいじめ」―インターネットの世界をよく理解できない大人は「怖さ」ばかりが先に立ち、子どもには「SNSに情報を載せるなんて危ないよ」などつい小言を言ってしまいます。本書のコンセプトは、子どもたちがそんな大人をスマートに論破し、納得させ、アドバイスできる知識を提供する、というものです。IT企業の社員として、全国の学校、企業、官公庁などを対象にネットの安全利用についての講演を年間300回以上行っている著者が指南役。

例えば、「何時間もスマホばっかり!他にやることあるでしょ」と言われたら、「スマホで“遊んでいる”時間は1日何時間?て聞いてくれないかな」と反論。スマホが出現する前は、ウォークマンで音楽を聴きながら手にはマンガ、家に帰ればファミコンでゲーム、友達との長電話は「公衆電話」からテレホンカードで、といろいろなモノや道具を使い分けていたことが全部スマホできるようになったのだから、長時間手にしているのは「当たり前」というわけです。なるほど。

「ネットに自分の情報を載せるとすごく危険だよね」と言われたら、「個人情報を載せてないから大丈夫、なんて安心していると、逆に危険だけどね」とクールな切り返し。SNSで顔や名前等の個人情報は出さずに会話していたにも関わらず、住所を特定できるような情報を引き出されて、脅された女性の例を挙げます。

さらに「ネットのせいで陰湿ないじめが起きるんだよ」と言われたら「その『いじめ』はネットさえなくなれば解決するんですか?」と不意打ちで応酬。著者は「それは、ただの『いじめ』で、『陰湿なネットいじめ』は、ネットという道具が陰湿だから起きているのではない。その道具を使っている人間が陰湿だから起きる」、「ネット○○という造語にはロクなものはない。そんな的外れな造語があるから、問題の本質がぼやけて、無駄にややこしくなる」と指摘します。

「ネットなんてただの道具」と言い切り、「ネットと日常は同じもの。わざわざ『日常』と『ネット』を分けるからおかしくなる。日常でやっていいことはネットでもOK。そして日常でやらないことはネットでもやらない」、これが「ネットで失敗しない方法」とのこと。様々な「思いこみ」を捨て、インターネットを「正しく怖がる」ことが重要なことが分かりました。子どもたちに「反論」される前に一読するのもよいかもしれません。    (猫)