◆ 目次 ◆ ———————————————————————-
(1) 所長だより
(2) 「考える道徳」「議論する道徳」の推進―批判的思考力及び自律性の育成を中心に―
(3) 今月のおすすめ書籍
▼——————————————————————————-
◇ 所長だより ◇
三人称としての授業研究(1)
教職教育開発センター所長 吉崎静夫
今月から数回にわたって、「三人称としての授業研究」について考えてみます。
「三人称としての授業研究」は、授業者の了解をえて、ひたすら第三者の立場から授業実践を観察・分析して、その授業実践に関わる要因や要因間の関係を明らかにすることです。その特徴は、一人称の授業研究とは逆に、当事者性が小さくて、客観性が高いことにあります。
そして、「三人称としての授業研究」の代表的なものが、「行動主義的アプローチによる授業研究」と「認知主義的アプローチによる授業研究」です。
「行動主義的アプローチによる授業研究」の特徴は、授業過程での教師行動(教授行動)と生徒行動(学習行動)といった外部から観察可能な行動の分析を中心にすえて、それらの行動と授業成果との関係を明らかにしようとするものです。そして、わが国では、授業におけるコミュニケーション分析という名称のもとで、教師行動と生徒行動との相互作用が1970年代から1990年代にかけて盛んに研究されました。
「認知主義的アプローチによる授業研究」の特徴は、教師と生徒の教室行動の背後にあるものとして、授業過程での教師と生徒の内面過程(思考、判断、感情など)に注目している点にあります。そこには、20世紀後半に急激な発展をとげた認知科学の影響があります。その結果、認知科学的アプローチをとることによって、「行動主義的アプローチによる授業研究」では十分には明らかにすることができなかった課題(例えば、「なぜ教師や生徒はそのような教室行動をとるのか」、「なぜ教師や生徒はそのような教室行動をとることができるのか」といったことなど)がわかってくるとともに、教師という仕事がもつ困難さや魅力が次第に明らかになってきたのです。
8月号では、「行動主義的アプローチによる授業研究」の具体例を取り上げて、「三人称としての授業研究」について考えます。そして、9月号では、「認知主義的アプローチによる授業研究」の具体例を取り上げて、「三人称としての授業研究」について考えます。
▼——————————————————————————-
◇ 「考える道徳」「議論する道徳」の推進 -批判的思考力及び自律性の育成を中心に - ◇
家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉
第1部 道徳の授業を取り巻く諸課題
5 低学年の内容項目に「相互理解」が含まれていない理由
学習指導を行うときに児童生徒の発達段階を考慮する必要があります。道徳教育においても、子どもたちの道徳性の発達段階の特徴を踏まえることが重要です。
文部科学省は、「子どもの徳育の充実に向けた在り方について(報告)」(平成21年)の中で、「子どもの発達段階ごとの特徴と重視すべき課題」として次の項目をあげています。
<乳幼児期における重視すべき課題>
・愛着の形成
・人に対する基本的信頼感の獲得
・基本的生活習慣の形成
・十分な自己の発揮と他者の受容による自己肯定感の獲得
・道徳性や社会性の芽生えとなる遊びなどを通じた子ども同士の体験活動の充実
<小学校低学年の時期における重視すべき課題>
小学校低学年の時期の子どもは、幼児期の特徴を残しながらも、「大人が『いけない』と言うことは、してはならない」というように、大人の言うことを守る中で、善悪についての理解と判断ができるようになる。これらを踏まえて、小学校低学年の時期における子どもの発達において重視すべき課題としては、以下があげられる。
・「人として行ってはならないこと」についての知識と感性の涵養や、集団や社会のルールを守る態度
など、善悪の判断や規範意識の基礎の涵養
・自然や美しいものに感動する心などの育成(情操の涵養)
<小学校高学年の時期における重視すべき課題>
・抽象的な思考の次元への適応や他者の視点に対する理解
・自己肯定感の育成
・自他の尊重の意識や他者への思いやりなどの涵養
・集団における役割の自覚や主体的な責任意識の育成
・体験活動の実施など実社会への興味・関心を持つきっかけづくり
これらは、私たちが学習指導を行うときに児童生徒の発達段階を考慮する上で、とても有用な資料です。
ところが、このように具体的に示すことが、返って大きな課題になることがあります。これらは、国としての公式的な見解ですので、指導方法・内容を作るときの基準となります。同時に、制限にもなります。学習指導要領や道徳の教科書を作成する上でもそうです。
本報告の諸項目を概観してみますと、「相互理解」の指導は、低学年の時期よりも「自他の尊重の意識や他者への思いやりなどの涵養」の項目のある高学年の時期が適切であると読み取ることもできます。それが、「相互理解」を低学年で扱うのは発達段階から見て早い、という考えに繋がる可能性があります。文部科学省が、一つの指導の目安として、例としてあげたものが、教科書検定等の段階になると、作成上の「足かせ」となってしまう危険性があるのです。
次号では、ピアジェ(J. Piaget)やコールバーグ(Kohlberg)、セルマン(Selman)といった先人たちの研究の知見から、小学校低学年の時期が「相互理解」を学ぶのに重要な時期であることを述べたいと思います。(次号に続く)
▼——————————————————————————-
◇ 今月のおすすめ書籍 ◇
~「楽しむ練習」としての部活 ~
「そろそろ、部活のこれからを話しませんか-未来のための部活講義-」
中澤篤史著 大月書店 定価1,800円(税別)
いよいよ学校でも「働き方改革」が始まります。教師の長時間労働の要因の一つとして指摘されるのが「部活動(部活)」。文科省調査では中学校の運動部顧問の1カ月当たりの時間外勤務時間は厚労省の基準でいう「過労死ライン」(月80時間の残業)を超えています。
一方、部活における死亡事故、体罰・暴力も後を絶ちません。部活はカリキュラムにも含まれない課外活動、本来は「自主的」な活動のはずですが、実は生徒や教師全員が好き好んで参加しているわけではありません。それなのに部活を廃止し、地域社会に移そうとしても、何度も失敗しています。部活は当たり前のように続いてきましたが、不思議な存在です。
本書は、「部活とは何なのか」と疑うことから始まり、様々なトピックを交えながらその歴史や現状を解説、それを読者に理解してもらった上で、「部活のこれから」を一緒に考えていこう、というものです。部活を舞台にした漫画なども随所にちりばめられて、「部活命」だった人も「帰宅部」だった人も自分の経験を振り返りながら読むことができます。著者は早稲田大学准教授で部活動の研究者。部活問題の根本には「『自主性』という言葉の罠がある」、そして、「『自主性』の理念を掲げるがゆえに制度があいまいになり、そのあいまいさが学校現場を苦しめてきた」と指摘します。その一方で、「したいことができるのが部活の良さ」でもあります。
そこで著者は「『楽しむ練習』としての部活」というコンセプトを提案。生徒はしたいことにチャレンジするけれど、指導する教師は自己を犠牲にすることもなく、結果として生徒には「楽しむ力」が身につく・・そんな未来の部活の形が見えてきます。 (猫)