カモミールnetマガジン

2017年8月号

◆ 目次 ◆ ———————————————————————-

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 「考える道徳」「議論する道徳」の推進―批判的思考力及び自律性の育成を中心に―
(4) 今月のおすすめ書籍

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◇ 所長だより ◇

三人称としての授業研究(2)
           教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 今月は、「行動主義的アプローチによる授業研究」の具体例を取り上げて、「三人称としての授業研究」について考えます。

 1960年代後半における教育界における重要なトピックスの一つは、「教師期待効果」ということでした。このトピックスに対する教育関係者の関心は、ローゼンソールとヤコブソンという教育学者によってなされた「教室でのピグマリオン効果」という研究が契機となりました。その研究は、教師が児童生徒の学業成績や行動についてある期待を抱くと、教師は無意識のうちにその期待に沿った行動をとってしまい、その結果として児童生徒の学業成績や行動が教師の期待に近づくというものでした。なお、ローゼンソールらは、教師がある期待をもつと、児童生徒に対してどのような教室行動をとるのかということを直接的には検証しませんでした。

 そこで、ブロフィとグッドという教育学者は、教師の期待と教師の教室行動との関係を「行動主義的アプローチによる授業研究」で明らかにしました。

(1) 高期待群の児童生徒(つまり、教師が高い期待を抱いている児童生徒)は、低期待群の児童生徒よりも正答を称賛される割合が高く、誤答を叱責される割合が低いことがわかりました。

(2) 高期待群の児童生徒は回答(正答でも誤答でも)に対して何らかのフィードバックが与えられた割合が高かったのに対して、低期待群の児童生徒は回答に対して何らかのフィードバックが与えられる割合が低かったのです。具体的には、低期待群の児童生徒は、誤答をした場合に、教師によって質問が繰り返されたり、言いかえられたり、ヒントが与えられることが少なかったのです。

 教師は、意識しないでこのような異なる対応行動をとっていたのです。そのことが、児童生徒の学習意欲に影響し、さらに異なる学習成果をもたらしたのです。そして、この研究は日常の教室といった自然的条件の下で行われただけに、教育関係者に大きなインパクトを与えました。つまり、「行動主義的アプローチによる授業研究」は、教師と児童生徒との相互作用を客観的に観察・分析することによって、教師や教育関係者に授業改善のための有効な手がかりを示すことができるのです。ただし、そこで問題となるのが、どのような研究視点(研究概念)をもって授業実践を観察・分析するのかということです。

文献
Brophy,J.E. & Good,T.L.: Teacher-student relationship: Causes and consequences.
New York: Holt, Rinehart and Winston, 1974. 浜名外喜男他(訳)『教師と生徒の人間関係―新しい教育指導の原点―』北大路書房、1985年

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◇ 教育時事アラカルト ◇

体育館に「温度計」はありますか?
           教職教育開発センター教授 坂田 仰

 夏休み,中学校や高等学校では部活動に力が入る時期である。炎天下のグランド,サウナのような体育館で,滝のような汗を流す生徒がいる。心配になるのは熱中症である。かつては屋外での活動が定番であったが,今では,屋外,屋内の区別を問わず,体育館,教室等,至る所で発生している。真夏日が普通になり,最高気温が 35℃以上に達する猛暑日の出現率が上昇している今日,熱中症への対応は学校の危機管理上,避けては通れない課題になっている。

 その対策として注目を集めているのが,WBGT(Wet-Bulb Globe Temperature:湿球黒球温度(単位:℃))である(いわゆる「暑さ指数」)。作業者が受ける暑熱環境による熱ストレスの評価を行う簡便な指標として推奨されている(厚生労働省「熱中症の予防対策におけるWBGTの活用について」平成17年7月29日付け基安発第0729001号別紙「熱中症の予防対策にWBGTを活用する場合の留意事項等について」)。

 実際,WBGTは,熱中症事故の裁判においても活用されるようになってきた。例えば,大阪府下の公立中学校で発生した熱中症事故では,体育館にWBGTを測定可能な温度計等の器具が設置されていなかったことが過失と認定されている(大阪高等裁判所判決平成28年12月22日)。

 バドミントン部の練習中に熱中症となり,脳梗塞を発症した事案である。事故発生当時,シャトルが風の影響を受けないようにするため,体育館のドアや窓は閉められていた。バトミントンという競技の特殊性とはいえ,体育館は相当過酷な状況であったと推測できる。しかし,この体育館には,WBGTを測る熱中症チェッカーはおろか,普通の温度計すら設置されていなかったという。計測機器が整備されてさえいたら,顧問教員は,給水休憩の頻度を上げたり,練習を中止したりしてこの不幸な事故を防ぐことが出来たとするのが判決の論理である。

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◇ 「考える道徳」「議論する道徳」の推進   -批判的思考力及び自律性の育成を中心に - ◇
           家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

第1部 道徳の授業を取り巻く諸課題

6 「相互理解」の指導
(1)学習指導要領における位置付け
 「小学校学習指導要領 特別の教科 道徳」(以下、「学習指導要領」)において、「相互理解」は「寛容」と一緒に扱われ、「相互理解,寛容」として内容項目の11番目に位置付けられています。しかし、「指導内容」は〔第1学年及び第2学年〕は空欄になっています。つまり、小学校低学年では「相互理解」は指導内容になっていません。

 「小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」(以下、「解説」)では、「相互理解,寛容」について、次のような説明があります。

「11 相互理解,寛容」
 ◯ 内容項目の概要
  相手から学ぶ姿勢を常にもち,自分と異なる意見や立場を受け止めることや,広い心で相手の過ちを許す心情や態度は,多様な人間が共によりよく生き,創造的で建設的な社会を創っていくために必要な資質・能力である。今日の重要な教育課題の一つであるいじめの未然防止に対応するとともに,いじめを生まない雰囲気や環境を醸成するためにも,互いの違いを認め合い理解しながら,自分と同じように他者を尊重する態度を育てることが重要であると言える。

 このように、いじめ問題の対応のためにも「互いの違いを認め合い理解しながら,自分と同じように他者を尊重する態度を育てることが重要である」としながらも、小学校に入学してさらに複雑な人との関わりの中で学んでいく低学年の児童への指導として「相互理解」は内容項目に位置付けられていないのです。

 学習指導要領では、「相互理解」の指導は小学3年生から始まり、その内容は次の通りです。

〔第3学年及び第4学年〕
 ◯ 指導内容
  自分の考えや意見を相手に伝えるとともに,相手のことを理解し,自分と異なる意見も大切にすること。

 ◯ 指導の要点
  この段階の児童は,自他の立場や感じ方,考え方などの違いをおおむね理解できるようになるが,ともすると違いを受け止められずに感情的になったり,それらの違いから対立が生じたりすることも少なくない。

  望ましい人間関係を構築するためには,自分の考えや意見を相手に伝えるとともに,自分と異なる意見について,その背景にあるものは何かを考え,傾聴することができるようにすることが必要になる。

  指導に当たっては,相手の言葉の裏側にある思いを知り,相手への理解を深め,自分も更に相手からの理解が得られるように思いを伝える相互理解の大切さに気付くようにすることが大切である。

  日常の指導においては,児童同士,児童と教師が互いの考えや意見を交流し合う機会を設定し,異なる考えや意見を大切にすることのよさを実感できるように指導することが大切である。
  (次号に続く)

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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇
~「親権」は誰のためのもの~
「親権と子ども」
 榊原富士子・池田清貴著 岩波新書 定価880円(税別)

教師が子どもと関わる時、親が子どもの成長に暗い影を落とす事例に遭遇することは少なくありません。離婚時に親権を争って子どもの気持ちを傷つけたり、深刻な児童虐待をしているにもかかわらず親権を盾に子どもの救出を阻むケース等を見聞きするたびに、この「親権」が気になっていました。

本書は、2人の弁護士が「親権」とは何か、誰の誰に対する権利で、誰の誰に対する義務なのか、という基本的なことを説明してくれます。複雑な法律の条文を具体例を交えて読み解いていきますが、特に、離婚前後の親子の問題と児童虐待の問題を中心に、子どもの視点から親権について考えます。

実は、戦前の明治憲法下では、親権は事実上、「父権」であり、「家のための親権」、「親のための親権」という色彩が濃厚でした。「子どもを一人の人格を持つ権利の主体として尊重する」ことをベースとした親権の解釈にたどり着いたのは「比較的最近のこと」です。

その要因の一つが児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)。同条約を体現した2011年の民法改正では、離婚の際の監護者の指定や面会交流の取り決めなどは「子の利益」優先して考慮すべきことが加えられました。

また、同年に新しくできた家事事件手続法では、子どもにも手続保障を認められています。例えば父母間で子どもの親権を争っている場合に子どもも意見を述べる機会が与えられ、しかも、意思能力のある子ども(おおむね10歳前後以上)は自ら手続きに関与することも可能です。選任された弁護士が「子どもの手続代理人」として、子どもの意見を裁判所や父母に意見を伝えることもできます。

一方、離婚後に親権者とならなくても、虐待で親権を喪失しても、子どもにとって親であることに代わりはありません。著者は、「『親権』はあくまでも、一つの法制度」であり「それが子どもの人権を保障するためのものであるとすれば、その目的に資する限り、親権のあり方も現在のかたちにこだわる必要はない」と指摘し、「子どもの人権の保障のために、多様で選択的な親権の在り方を探ることも考えられる」と述べています。

自分の人生を生きていく子どもたちをどう支えていくか-シンプルですが深い問題であることに改めて気付かされます。    (猫)