カモミールnetマガジン

2018年7月号

◆ 目次 ◆ ———————————————————————-

(1) 所長だより
(2) 児童・生徒の理解と指導 ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に―


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◇ 所長だより ◇

授業研究における理論と実践の関係(5)
           教職教育開発センター所長  吉崎静夫

 今月も、「実践の中で生まれる理論(theory in practice)」について考えてみます。
 前号では、わが国の国語教育界に多大な功績を残した大村はま(1973)の「作文指導に関する教育技術論」を取り上げました。

 今回は、わが国の社会科教育に多大な貢献をした有田和正(2012、2015)の「教材開発(教材発掘)の教育技術論」を取り上げます。
 ご存知のように、有田は、教材となる材料のことを「ネタ」と呼んでいます。そして、「立派な目標を考える前に、どんなネタで勝負するかを考えることにしましょう。そして、おもしろいネタをみつけよう。」と、教師に呼びかけています。

 有田(2015)は、一般に教師は「目標→内容→方法」という順序で授業を計画するが、まずおもしろいネタを考えたらよいと提案しています。そして、有田は、「ネタがみつかったら、目標をもっともらしく考えればよい。いや、考えなくても、ネタがきまれば目標もきまる。」と述べています※1。まさに、有田の授業論は、「材料(ネタ)七分、腕三分」なのです。

 では、どのようなネタを発掘したらよいのでしょう。有田(2015)は、ネタの特徴を次のように述べています。
 「ネタには、子どもの思考のすじ道をふまえ、しかも、真実に迫っていく契機が含まれていることが必要である。」
 つまり、ネタは、(1)子どもの能力・興味・関心にマッチしたものである、(2)社会現象や歴史事象の本質に迫るキッカケとなるものであるというように、「子ども(学習者)の実態」と「社会科の本質」の両面から検討されなければなりません。

 次に、「一寸法師で戦国時代の下剋上をつかませる」という有田(2012)が開発したネタの実践例を紹介します。
 有田によれば、「授業でとりあげたい『一寸法師』の話には、『歴史性はない』と子どもたちは考えている。ただの物語だと思っている。ところが、この話は、戦国時代の『下剋上』そのものをあらわしている。小さな一寸法師が、都へのぼって手柄をたて、権力を手に入れ、天下をとるという話である。そして、『一寸法師のモデルは誰か』と問うことによって、豊臣秀吉、徳川家康、織田信長、斉藤道三などの武将をひき出し、この中で、誰がいちばんモデルらしいかを追究することによって、戦国時代の学習を進めることができ、子どもの考えをひっくり返すことができる。」ということです※2。

 さすがは有田和正ですね。一寸法師から戦国時代の下剋上を考えさせるとは。
 なお、「一寸法師のモデルは誰か?」という授業実践については、次号のメールマガジンで取り上げます。

【参考文献】
※1 有田和正:『名著復刻 教材発掘の基礎技術』:明治図書、2015年
※2 有田和正:『社会科授業の教科書〈5・6年〉』:さくら社、2012年

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◇ 児童・生徒の理解と指導   ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に― ◇
           家政学部児童学科特任教授  稲葉 秀哉

<4> ロジャーズ理論の中核3条件

 前号では、「カウンセリング・マインド」(受容・共感といったカウンセリング的な態度)が不登校やいじめ等の問題を増大させたという趣旨の論文を紹介しました。  5月号でも述べたように、中央教育審議会答申「新しい時代を拓く心を育てるために-次世代を育てる心を失う危機-」(1998年6月30日)の提言が出されて以来、日本の「カウンセリング・マインド」(受容・共感といったカウンセリング的な態度)の考え方はますます浸透していきました。しかし、ロジャーズ理論の中核となる3条件(「一致」「無条件の積極的関心(受容)」「共感的理解」)の考え方とは本質的に異なった受容・共感の考え方が発展していきました。その結果、学校現場では生徒指導の一貫性が揺らぎ混乱が生じたのです。

 今回は、改めてロジャーズ理論の中核3条件について、それらの基本的な理念を確認したいと思います。
 中核3条件は、「技法」ではなく、カウンセラーとクライアントの二人の関係の中における、カウンセラー側のクラインアントに対する姿勢いや態度、関わり方を考察したものです。中核3条件について概括したものとして池内(2015)の解説が分かりやすいので、それに沿って各条件を眺めてみます※1。

(1)「一致」(Congruence)
 「純粋性」「自己一致」とも言われています。
 カウンセラー自身が、人間としての自分自身が感じていること、考え、価値観、体験に気づいていて、それを否定したり歪めて、自分を隠したり、必要以上によく見せたりせず、そのままの人間としての自分を受け入れて、一人の人間としてクライアントの前で存在していることを言います。

(2)「無条件の積極的関心」(Unconditional Positive Regards)
 「受容」とも言われています。
 クライアントがどうあっても、クライアントへの関心が変わらないという人間としてのクライアントの存在を受容しようとする心の姿勢です。
 この姿勢は、一人ひとり皆が異なった考え方・感じ方をすること、違う価値観をもっていることなどを心から認めており、相手と自分を等しくかけがえのない独自の存在として尊重する心と現実的な態度です。

(3)「共感的理解」(Empathic Understanding)
 相手の主観的な見方、感じ方、考え方、受けとめ方を、その人の立場に立って、相手の身になって、見たり、感じたり、考えたりしようとすること。
 共感は、相手と一体となったり融合したりして同じように体験する同情や巻き込まれた体験とは異なって、カウンセラー自身の主体はいつもカウンセラーに存在し、そしてクライアントの主体もいつもクライアントに存在しています。

 これらの解説からは、カウンセラーの「揺るがない自己」の重要性を読み取ることができます。
 そして、学校現場が、特に「受容」の解釈と実践で混乱をきたした原因の一つに、この「揺るがない自己」の認識が曖昧であったことがあげられると考えます。
 次号からは、これらの中核3条件についてより深く考察していきたいと思います。(次号に続く)

【参考文献】
※1 池内秀行:「ロジャーズの傾聴の3条件」:池内秀行公式サイト(http://www.ikeuchihideyuki.com/14318566054554)、2015