カモミールnetマガジン

2018年9月号

◆ 目次 ◆ ———————————————————————-

(1) 所長だより
(2) 児童・生徒の理解と指導 ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に―


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◇ 所長だより ◇

授業研究における理論と実践の関係(7)
           教職教育開発センター所長  吉崎静夫

 今号から3回にわたって、カリスマ英語教師と呼ばれている田尻悟郎を取り上げます。

 田尻は、神戸市や島根県の公立中学校の英語教諭を経て、現在、関西大学大学院教授です。2001年に、財団法人語学教育研究所より「リバーマー賞」を受賞し、さらにNewsweek誌の「世界のカリスマ教師」の一人に選出されました。その後、カリスマ英語教師として、NHKテレビ「プロフェッショナル」「わくわく授業」「テレビ基礎英語」などに出演しています。

 私(吉崎)は、全国各地の著名な教師の授業を取り上げた「わくわく授業」をNHKがビデオ教材化した際の監修者になりました。「わくわく授業」で放映された授業の中でも、特に評判がよかったものを現職教育のためのビデオ教材としたのです。もちろん田尻の授業実践「5分刻みで英語が好きになる」は、ビデオ教材の1つに選ばれました。その授業は、見事としかいえないものでした。

 監修者である私は、この授業のポイントとして、次の3つを挙げました。

 1つ目は、授業の冒頭の15分間の学習内容・活動を5分間刻みで区切っていることです。
 最初の5分間は35問の単語や熟語をペア同士で相互に確認する「60秒クイズ」、次の5分間は教師が読んだ教科書の文章の次を書く「書き取り」、最後の5分間は教師が発音した単語の一部の文字をグループ・メンバーで競争しながら取る「カードゲーム」でした。
 まさに、そこでは、プログラム学習の原理である、オペラント(自発性)、スモール・ステップ、フィードバック(即時的な正解の確認)、マイペースが活用されていました。そのために、生徒は集中力を高めながら、英語の基礎・基本を楽しく学ぶことができていました。ちなみに、残りの35分間は、「給食と弁当はどちらがいいか」について英語で自由に話し合う「スモール・トーク」に割かれていました。

 2つ目は、一人ひとりの生徒の「授業と英語に対する考え方」を把握するために「自学帳(自学ノート)」を生徒に書かせていることです。そして、的確なコメントを返すことによって、生徒との信頼関係を築いていました。

 3つ目は、生徒が英語を学びたくなるような学習環境を整備していることです。例えば、英語専用教室の中に、外国旅行のパンフレット、本物の外貨、語順の基本パターンが書かれた掲示物等がありました。

 では、授業者の田尻は、日頃の英語授業についてどのようなコメントをしているのでしょうか。
「英語は携帯電話のようなもので、川の向こう側にいる外国の人と話をするために使う道具に過ぎません。ですから、その道具を完璧なものにするより、使う人の心を育てることのほうが大切だと思っています。感動できる素直な心を持ち、同じであることの喜びと違っていることの素晴らしさを感じ、人の立場で考えることができる。英語という道具を通して、生徒たちがそんな力を身につけてくれれば、それがひいては世界平和にもつながっていくのではないでしょうか」

 田尻は、「英語はコミュニケーションの道具の1つにすぎない」「英語科は体育科や音楽科と同じように、技能教科の1つである」と考えています。とても興味深いですね。

 次の10月号では、田尻悟郎の教育技術論を支える「教え方の工夫」を、「文型導入」を例にあげながら考えてみます。また、11月号では、田尻の英語教育実践を大きく変貌させた「自学システム」を取り上げます。

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◇ 児童・生徒の理解と指導   ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に― ◇
           家政学部児童学科特任教授  稲葉 秀哉

<6> 「無条件の積極的関心」(Unconditional Positive Regard)
 今号は、「ロジャーズの中核三条件」のうちの「無条件の積極的関心」を取り上げます。

「無条件の積極的関心」とは、クライエントがどうあっても、クライエントへの関心が変わらないという人間としてのクライエントの存在を受容しようとする心の姿勢のことです。  この姿勢は、一人ひとり皆が異なった考え方・感じ方をすること、違う価値観をもっていることなどを心から認めており、相手と自分を等しくかけがえのない独自の存在として尊重する心と現実的な態度です(7月号参照)。

 日本の学校教育においては、「無条件の積極的関心」は、「クライエントのそのままを受けとめ尊重する」という部分が強調され、「受容」という言葉で紹介されてきたということがあります。1970年代後半から1980年代にかけて多くの中学校(と一部の高等学校)で発生した問題行動(学級崩壊、生徒間及び教師への暴力行為、器物損壊等)への対応として「教師はカウンセリング・マインドをもって児童生徒の心を共感的に理解しなければならない」という考えが生徒指導の中心理念となりました(5月号参照)。

 しかし、そのことで、「教師が問題を起こした児童生徒に強圧的な対応をすることを避け、物わかりが良い人間として彼らと良好な関係を構築できた反面、」学校教育が大きく混乱するような事態を引き起こすことにもなったという分析もあります(金原俊輔(2015)/6月号参照)。

 なぜそのような混乱を引き起こすことになったのか。
 それは、例えば、「そうか、だから君は友人に暴力をふるったんだ。その気持ちも分かる。でもね、やはり暴力はいけない。」といった教師の対応が、生徒の問題行動に対して同調し、容認することに繋がり、かえって助長させてしまった面があったからです(注1)。
 私たちは同じ過ちを繰り返さないためにも、今一度、ロジャーズの「無条件の積極的関心」及び次号で取り上げる「共感的理解」の概念を正確に捉え直す必要があると考えます。

 ロジャーズ(1957) は、「無条件の積極的関心」について「セラピストがクライエントの体験しているすべての側面を、そのクライエントの一部として暖かく受容していること」であるとし、「それは、受容について何も条件がないことであり、“あなたがかくかくである場合にだけ、私はあなたが好きなのです”というような感情をもっていないことである。(中略)それは、選択的な評価的態度-“あなたはこういう点では良いが、こういう点では悪い”というような-とは正反対である。」と述べています。

「無条件の積極的関心」及び次号で述べる「共感的理解」に関わる日本の学校教育における誤解を払拭すべく、まずは「無条件の積極的関心」の理念について、ここで明確にしておきたいと思います。

「無条件の積極的関心」は、クライエントへの向き合い方、話の聞き方について述べられていることです。クライエントの話を聞く時には、主観や価値判断等を持たずに、話をそのままに聞こうとする積極的な関わり方が重要である事を言っているのです。クライエントがどのような見方・考え方をしているのかを主観を入れずに客観的に理解する上で重要なことです。「そのままに聞く」という事にクライエントの言い分への同調や容認の意味合いは含まれません。佐々木正宏(2015)※1が述べているように、クライエントの依存や甘えを許容しない姿勢です。一種の愛情ではあるが、少なくともクライエントの「依存欲求」や「一体化を求める願望」に応じてそれを満たすといった性質の愛情とは異なっているのです。
 以下、用語を整理します。
【Unconditional : 無条件の】
=クライエントの話について「なるほど納得できる」や「随分と自分勝手な言い分だ」等の価値判断や主観を入れない

【Positive : 積極的な】
=クライエントがなぜそのような感じ方や考え方をしているのか(するようになったのか)について積極的な関心を持つ

【Regard : 関心】
= 温かな眼差し

「無条件の積極的関心」は、「クライエントの話を聞く時には、主観や価値判断等を入れずに、そのままを聞こうとする積極的な関わり方が重要である」という事を言っているのです。この時のセラピストの態度は、クライエント―セラピストの関係性を構築し深めるために必要なものですが、「物分かりの良い」セラピストの姿や、クライエントの言い分への同調や容認の態度は全く含まれないのです。(次号に続く)

(注1)この指導の課題は、「その気持ちも分かる」は同調であり、容認につながることです。この指導は、中央教育審議会答申「新しい時代を拓く心を育てるために-次世代を育てる心を失う危機-」(1998年6月30日)における「例えば、相手の話をじっくりと聞く、相手と同じ目の高さで考える、相手への深い関心を払う、相手を信頼して自己実現を助けるといったことがその中心をなしている。教員は、こうした姿勢を備えることによって、初めて子どもたちとの間に共感的な関係をつくり、子どもたちから信頼される相談相手となり得る」といった提言が十分に理解されていなかったものと言えます。

【参考文献】
※1 飯長喜一郎監修, 坂中正義ほか編著: 『ロジャーズの中核三条件 受容:無条件の積極的関心 カウンセリングの本質を考える 2』:p.22-32: 佐々木正宏「無条件の積極的関心をほどよく経験するために」, 創元社, 大阪, 2015年