◆ 目次 ◆ ———————————————————————-
(1) 所長だより
(2) 児童・生徒の理解と指導 ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に―
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◇ 所長だより ◇
ICTを活用した授業のデザイン(1)
教職教育開発センター所長 吉崎静夫
今号から、3回にわたって、「ICTを活用した授業のデザイン」について考えてみます。
私は、先生方に次のような話をすることがよくあります。
「ICTは大好きであるが、残念なことに授業力の未熟な先生がICTを活用した授業を行うと、とかくICTが前面に出すぎてICT空回りの授業になりがちです」
一方で、
「ICTは不得手であるが、授業力のある先生が少しでもICTを活用した授業を行うと、一段とすばらしい授業になります。つまり、ICTが『鬼に金棒』となります」
これらのことは、何を意味しているのでしょうか。 それは、ICTを活用する場合にも、「授業デザイン」が大事だということです。当たり前といえば、当たり前ですね。しかし、これらのことはとかく忘れがちなことなのです。
「ICTを活用した授業のデザイン」とは、授業のねらいを達成するために、
「ICTをどの授業場面(導入、展開、まとめ)で活用するのか」、そして、「ICTをどの学習形態(一斉、グループ、個別)で活用するのか」を熟考することです。
その際、子どもの状態(知識、理解、思考、関心・意欲など)、ICTで用いるデジタル・コンテンツ、学習活動などを考慮することが求められます。
ICTの活用に当たり、どの授業場面(導入:A、展開:B、まとめ:C)、どの学習形態(一斉:I、グループ:II、個別:III)で用いるのかを考えるための表を下に示します。
例えば、IA(一斉×導入)→IIB(グループ×展開)→IC(一斉×まとめ)で展開するように授業をデザインした場合に、ICTを何のために、どの場面で活用するのかを考えることが肝要です。
仙台市立愛子小学校の2年生の算数(かけ算)の授業では、IIBとICでICTが活用されていました。
かけ算の九九を学んだ後に、本時ではタブレットPCを使ってペアで「5の段までの文章題」を作り、その問題をクラスの友だちに解いてもらうために、教室の前方にある電子黒板に問題を転送することが主な学習活動でした。なお、2年生という発達段階を考慮して、IIBはグループではなく、ペアの学習形態が採られていました。
子どもたちが作った文章題は、次のようなものでした。
「こいが4ひきずついます。2つのいけでなんひきになりますか」
「ベンチに2人ずつすわっています。ベンチは2つあります。子どもは、ぜんぶでなん人ですか」
「花だんが3つあります。1つの花だんに花は8こあります。ぜんぶで花はいくつありますか」
「こいが池に4ひきずついます。こいはなんひきですか」
私は、この算数の授業は次の点でとても興味深いものだと思いました。
(1) ペア学習でのタブレット、一斉学習での電子黒板が連動して使われている。
(2) ペアで作った「かけ算の文章題」をクラスの友だちに解いてもらう課題設定が、子どもの学習意欲を高めている。
(3) 「解けない問題(かけ算になっていない問題)」や「5の段以上の問題」など予想外の問題が、子どものかけ算理解を促している。
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◇ 児童・生徒の理解と指導 ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に― ◇
家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉
<8> 「共感的理解」の在り方
(4) セラピストは「どのように」クライエントの内的照合枠を構築するのか
小林(2013)は、セラピストが対話等によってクライエントの体験にまつわる情報を集めることで、セラピストの心内にクライエント自身のものに似たネットワーク構造(内的照合枠)が構築されると述べています。
では、セラピストは、どのようなやり方でクライエント固有の「内的照合枠」(「情報処理のネットワーク構造」)を構築するのでしょうか。
それは、セラピーを通してクライエントから多くの話を聴くことを通して行います。
クライエントの書いた日記や書簡等も場合によっては有効な材料にはなりますが、基本的には、クライエント自身から直接に話を聴き、セラピーの中でのやり取りを通して情報収集を行い、クライエントのものの見方・考え方や判断の枠組み、つまり、「情報処理のネットワーク構造」はこのようなものではないかと仮に構築していきます。
そして、クライエントとのやり取りを重ねながら、この構築の精度を高め、よりクライエント自身の内的照合枠に近いものを構築していきます。この時にセラピストにとって重要な要素として、今回は「傾聴」「反復」「温かな眼差し」を取り上げます。
[1]「傾聴」
「傾聴」は、クライエントの話をよく聴くということですが、話をよく聴くということの意味を明確に捉えておく必要があります。
「初回面接の時にきちんと傾聴ができたか否かでその後の進行が決まる。」とよく言われます。傾聴はクライエントに安心感を与え、信頼関係を作るために大切であるからです。
同時に、傾聴は、クライエントのものの見方・考え方や判断の枠組みを理解する上での重要な情報取集を行うために必要です。
つまり、クライエントの「情報処理のネットワーク構造」についての「見立て」を行うために欠かせない重要なことです。じっとクライエントの話に耳を傾け、クライエントはどのようなことにわだかまりを持っているのだろうか、どのような言葉にどのような反応するのだろうか、それはなぜだろうか等を頭に浮かべながら傾聴して、見立てを行っていきます。
傾聴を重ねることを通して、クライエントについての情報を多く収集し、見立ての精度を高め、よりクライエント自身の内的照合枠に近いものを、セラピストは自己の心内(自己の内的照合枠の横)に構築していきます。
[2]「反復」
「反復」は、クライエントの言葉(の一部)を繰り返すということですが、言葉を繰り返すということの意味を明確に捉えておく必要があります。
学校教育相談や授業研究等の研修会等においても、「授業における教育相談的な配慮」による教育効果として、児童・生徒の発言にうなずいたり、繰り返したりして、肯定的に受け止めることで児童・生徒が自信を持って発言するようになったという事例を紹介することが多くあります。
しかし、これをもって「児童・生徒は、自分の発言が教師によって繰り返されることで、自分が温かく受け止められていると感じ、自己存在感等の自尊感情を持つことができる」と単純に考え、「反復」を「授業スキル」「技法」として励行する傾向には注意すべきです。
セラピーにおいても「反復」の意味はいくつかあります。
一つは、クライエント自身が自分の問題点に向き合い、明確化することが重要であるので、セラピストはクライエントの言葉(の一部)を繰り返すことでそれを図る、ということです。
同時に、「反復」は、クライエントについての情報を多く収集する上でも重要です。
セラピストは、セラピーにおいてキーワードとなりそうなクライエントの言葉を拾い、それを反復してクライエントに返すことで、クライエントがそれにどのように反応するかを注意深く観察します。それを重ねることで、見立ての精度を高め、よりクライエント自身の内的照合枠に近いものを、セラピストは自己の心内(自己の内的照合枠の横)に構築していくのです。
[3]「温かな眼差し」
セラピストは、クライエント自身の内的照合枠に近いものをセラピスト自身の心内(自己の内的照合枠の横)に構築していく上で、上記<1>で述べたように「傾聴」によって情報取集し、「反復」によって精度を高めていきます。
セラピストのこれらの行為は、分析的・科学的であり、セラピスト自身の情緒的な思惟は入りません。しかし、セラピストのクライエントに対する姿勢や態度は決して冷たいものではありません。セラピーの土台には、クライエントが自ら解決できるために力になりたい、支援したいというセラピストの思いが横たわっています。
ロジャーズが提言した“Unconditional Positive Regards”(Rogers(1957)) ※1は、一般的に「無条件の積極的関心」と訳されています。本論文では、この「関心」の意味を「温かな眼差し」と捉えました(2018年9月号参照)。坂中(2015) ※2は、「無条件の積極的関心」を「クライエントをかけがえのない一人の個人としてありのままにその人を尊重し、心の底から大切にする態度」であると述べています。人間へのこよなき愛がセラピストにあって初めてセラピーは成立するのです。(次号に続く)
【参考文献】
※1 Rogers,C.R.: The Necessary and Sufficient Conditions of Therapeutic Personality Change. Journal of Consulting Psychology: Vol.21, No2, 95-103, 1957(伊東 博訳:「セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件」, 『ロジャーズ選集(上)』: 265-285, 誠信書房, 東京, 2001年)
※2 飯長喜一郎監修, 坂中正義ほか編著: 『ロジャーズの中核三条件 受容:無条件の積極的関心 カウンセリングの本質を考える 2』: 創元社, 大阪, 2015年