カモミールnetマガジン

2020年12月号

◆ 目次 ◆ ———————————————————————-

(1) 所長だより
(2) 教育徒然草
(3) 教育時事アラカルト

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◇ 所長だより ◇ 今回はお休みです。

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◇ 教育徒然草 ◇

No.7 教育の視点
           家政学部児童学科特任教授  稲葉 秀哉

 昨年の9月のことです。
 ある学生が、教職課程の履修をやめようかと考えています、相談にのっていただけませんか、と研究室を訪ねてきました。
 話を聞いてみると、自分が教職課程を取ったのは特に教員になりたいからではないと言います。
 教員免許を持っていれば今後何かの役に立つかなと思った、自分の視野が広がるかなと思った、取り始めると授業は結構大変だし、今は金融関係に進もうかと思っている、とのことでした。

 本学の教職教育開発センターのホームページには次のようなメッセージが載っています。

「本学は創立以来、初等・中等教育分野に多くの教員を輩出してまいりました。変化し続ける社会において、諸課題を解決する高い専門性をもち、それを活用する思考力や表現力を備えた教育実践力に富む教員の養成を常に指向しております。(中略)長年教員養成に傾注してきた本学にとりまして、卒業後の職能成長も視野に入れて教職志望者を支援することは、一歩進んだ社会的使命であると考えます。」

 本学は、実際にこれまでも多くの優秀な人材を教員として養成し輩出してきました。相談に来た学生も、そのことは十分わきまえており、だからこそ、「いい加減な気持ちで教職課程の履修を続けているのではないか?」と自ら疑問を持ったのでした。

 私は、その学生に言いました。

「中学校授業の中で、私は何度かNHKの「あさが来た」のモデルになった広岡浅子さんの話をしましたが、覚えていますか。
 当時、女子のための高等教育機関を創設しようとしていた成瀬仁蔵氏は、自身の教育方針を記した「女子教育」という著書を広岡浅子さんに手渡し、支援を要請しました。
 広岡浅子さんは教師ではなく実業家でしたが、成瀬氏の理念に深く共感し、支援を承諾しました。そして、日本女子大学が誕生したのです。」

 私は話を続けました。

「本学の教職課程の目的は教員養成だけではないと私は考えています。
 では、他に何の目的があるのか。それは、教育の視点を持って主体的に社会に参画する人材の育成です。
 教育の視点とは何でしょう。一言で言うと、『それは子どもにとってどうか?』『児童・生徒にとって価値あることか?』という見方・考え方です。
 私はそのような教育の視点を学生の皆さんに育ててほしいと思っています。
 教員にならない人は、『広岡浅子』になってほしいと願っています。」

 そこまで話をすると、その学生は「ああ。」と小さくつぶやき、天井を見上げました。
 お互いに次の授業がありましたので、その時の話はそこまででした。
 その学生は、「先生、分かりました。もう一度考えてみます」と言って立ち上がり、礼を述べて次の教室に向かいました。

 教職課程で学んだ学生のうち、教員になるのは決して多くはない。
 だからといって、教員養成という社会的使命を軽んずるのではない。
 しかし、教育の視点を持って主体的に社会に参画し、それぞれの立場で教育を支えるような人材を育てることに価値を見出し、そういった卒業生に未来の創造の夢を託すような教職課程があってもいい。
 その在り方を、そろそろ本気で考えなければならないかな。
 私は次の授業の支度をしながらそう思いました。

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◇ 教育時事アラカルト 第84回 ◇

不登校の権利?
           教職教育開発センター教授  坂田 仰

 2020(令和2)年10月22日、文部科学省は、「令和元年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」を公表した。
 同調査によれば、小学校、中学校における長期欠席者数は25万2825人、そのうち、不登校児童生徒の数は18万1272人にも昇る。数字上、全児童・生徒の1.9%が不登校状態にあるという計算になる。
 高等学校でも同様の傾向が見られる。高等学校の長期欠席者数は7万6775人、このうち、不登校生徒数は5万0100 人で、その割合は全生徒の1.6%となっている。

 この調査における不登校とは、年度間に連続又は断続して30日以上欠席した児童生徒のうち「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にある者 (ただし、病気や経済的理由によるものを除く。)をいう」。
 昭和の時代、学校は通うべき場所という価値観が共有されていた。しかし、現在、その価値観が大きく崩れはじめていることが分かる。

 その要因の一つとして、2016(平成28)年に制定された「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」(教育機会確保法)の存在がある。

 「不登校児童生徒が行う多様な学習活動の実情を踏まえ、個々の不登校児童生徒の状況に応じた必要な支援が行われるようにすること」、「不登校児童生徒が安心して教育を十分に受けられるよう、学校における環境の整備が図られるようにすること」等を基本理念とする同法は、不登校児童生徒が学校以外の場において行う多様で適切な学習活動の重要性を強調し、個々の不登校児童生徒の休養の必要性を踏まえることを求めている(3条、13条)。
 これは、小学校、中学校に代表される、義務教育諸学校への就学の徹底を基本とする取り組みを180度転換するものと言っても過言ではない。教育機会確保法は、いわば「不登校の権利」を認める法律であり、学校教育の自己否定とさえ言えなくもないだろう。