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カモミールnetマガジン 2026年 3月号
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+‥【目次】‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
(1)目白が丘だより
(2)卒業生発 リレーエッセイ
(3)研究・教育の現場から
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□■– 目白が丘だより ————■□
<<教職に就く皆さんへ>>
人間社会学部教育学科教授 清水 睦美
明日20日は日本女子大学の卒業式です。1,476名の学部生と103名の大学院生が本学を巣立ちます。その中の教職課程履修者は、学部生265名、大学院生17名です。そして、その中で、およそ90名の学生が4月から教壇に立つことになっており、教育の担い手として新たな一歩を踏み出します。長い学びの成果を胸に、それぞれの道へ進まれることを大変うれしく思うとともに、これからの歩みに心からの祝意とエールを送りたいと思います。
とはいえ、他方で、世界情勢は混迷を極めています。第二次世界大戦後から時間と対話を重ねて作られてきたはずの国際協調路線が簡単に破綻してしまう状況に、戦後生まれで、戦後教育のもとで日本国憲法を学び、立憲思想を身につけてきたものとしては、どうしてこうなってしまうのか、はなはだ理解できないと感じてしまいます。
こうした状況のもとで、教師になるということは、どういうことなのでしょうか。これまではとかく「正しいことを教えるのが学校」「学力をつけるのが学校」というイメージがありますが、まずもって、世界情勢が混迷するなかでは何が「正しい」かわかりませんし、「学力をつける」ことが、個人にとって、社会にとって、どういう意味をもつかもわからなくなっているからです。
「何のために教師になるのか」「何のために教師であるのか」は、これまで以上に教職にとって重要な問いになるような気がします。これまでの「子どものため」という簡単な答えが、「何が子どものためになるのかわからない」という状況のもとで、子どもを取り囲む環境を射程に入れた答えを準備しなければならないからです。個人的には、「誰も殺してはいけないし、誰も殺されてはいけない」という社会を築いていきたいと考えています。みなさんは、いかがでしょうか。
□■–卒業生発 リレーエッセイ————■□
<<教員人生40年目を目前にして>>
原 公弥(香川県三豊市立三野津中学校教頭 文学部教育学科1987年3月卒業)
卒業して、約40年が経とうとしている。公立中学校で社会科教員として勤めてきた。昨今、教員が大いに不足しており、志す人も激減している。私の若い頃には考えられなかった現象である。何がこのように変えたのか、「教育」がこの先どういう方向に向かうのか…。
定年延長・特例任用等いろいろ制度が変化する中で、今の立場となり、定年まであと1年となった。この教員人生を振り返ってみた。
「小さな感動の連続」が自分の教員人生を支えてきたのではと思う。授業での生徒の反応、行事や部活動での気持ちのぶつかり合いや共に戦っての感動……。「環境は人をつくる。その環境をつくるのは、中にいるひとり一人である」これは、学級・学年の生徒にずっと言ってきたことである。自分もその一員であるということを。また、「やるべき時に、やるべきことを、やるべき方法を間違えずにやる」とも。これらの言葉は少なからず、生徒達の心に響いてくれたと思っている。
また、家族の理解と協力があって(夫や義母の支えの元で)、この仕事を続けることができた。感謝しかない。しかし、子育てに関しては反省しきりである。子供が小さい頃、先輩教員が「お母さんは一人しかいないのだから、早く帰りなよ…」と声を掛けて下さっていた。その言葉の重みを実感したのは、子供が思春期にかかるころだった。2人の子供それぞれに様々なことがあり、当時は後悔や自責の念に駆られる日々であった。ただ、子ども達には申し訳ないが、そのお陰で今、親目線での物事の捉えが仕事への反映につながっているとも思う。
教職は「生涯を通してやりがいのある職」だと思う。ただ、仕事やプライベート等への自分の「気持ちやパワー、時間の配分をバランス良く」が大切である。完璧を目指し過ぎず、良い加減で……。
□■– 研究・教育の現場から ————■□
<<目に見えない面白いこと>>
理学部数物情報科学科講師 杉山 倫
「数学」と聞いて、皆さんはどんなことを思い浮かべますか?
私は整数論、数論幾何と呼ばれる数学の分野を研究しています。
整数は …, -2, -1, 0, 1,2, … という数たちの名前であり、中学校までに出会うとても素朴なものです。ところが、こんなに素朴であるにもかかわらず解明されていないことがたくさん残されています。私の研究分野は整数に関する謎(問題)を幾何(図形的な視点や方法)を使って調べる分野と言えます。
さて、個々の数について、例えば0,1,2などはモノの個数として、一方、-2,-1などはモノが減る状況を通して「目で見ること」ができると言えるでしょう。では、整数全部・全体はどうでしょうか?
「個々ではなく、全体として見ること」が高校までにはあまり出会うことのできなかった数学の面白さを教えてくれる1つ(の視点)だと私は思っています。この視点をさらに発展させていくと、整数全体が図形に見えてきたり、関数たちに見えてきたりします。私は、担当している講義においても、「新しい視点」の提示を大事にして教育に取り組んでおり、「同じものでも視点が変われば、違って見えてくる」ことを数学を通して体感してもらいたいと思っています。
数学に触れると、「今まで考えもしなかった新しく自由な視点や発想」に出会うことができます。一方で、数学、特にその面白さについて話すとき、私には常に悩みが付きまといます。それは、数学で使っている言葉(専門用語など)ではない形に変えたときに、瞬時に輝きや色合いなどが変わってしまったと感じることです。数学の面白さもやはり体験することが一番だと思うのです。
目には見えませんが、そこには必ず面白いものがあります。ぜひ多くの方に、この不思議と魅力に満ちた数学の体験をしていただきたいです。